「もしものキミとボク」 SS

彼の場合〜見習い騎士〜


ああ……。

頭が重い。
何もかもが面倒だ。


まさか密告されるとは思っても居なかったな。
誰が密告したかは想像が出来る。別に、当人を恨んでいるわけではない。
「これ以上立ち入るな」と、アーデルベルト様にもくどいほど言われていた。
王子であるアーデルベルト様でさえ知らされていないことを知ろうとしていたのだ。
それがどんなに罪なことで愚かなことか、判っていなかったわけではない。
つまらない意地とプライドが邪魔をして、自分で自分の足を止めることが出来なかった。
今、私がこうして謹慎処分を受けたことは、「諦める」ための良いきっかけだ。

そう言い聞かせた。



「諦める」

それが出来れば、どんなに楽だろうと、どれだけ思ったことか。



知りたい。
真実が知りたい。

父が死んだ理由
父が密使としてあの村まで行った理由
火薬倉庫の爆発事故は本当は“古の魔女”の暴走だということ。
何故暴走したのか、誰がきっかけを作ったのか。
誰が父を殺したのか。
一番悪いのは誰か。

生存者や村の者まで全員が口を噤む「真実」がある。
私は全てを公にし、そして復讐したい。
それだけのために出世を約束されていた文官への道を歩むことを止め、騎士となった。
王に忠誠を誓う「騎士」に、全く逆の志を持つ私が。

私は知っている。
全ての元凶は、王家に伝わるくだらない伝承だということ。
確証のない伝承に踊らされて、人の命を奪って良いわけがないのだ。
それが例え王だとしても。





……だめだ。

もう「諦める」のだ。
真実を暴くことも、復讐することも
そう、全部諦めて。




……帰ろう、チェルハに。







誰だろう。
私を訪ねてくる者など……。

「こんにちは!リーゼロッテです!」
「リーゼロッテ?」

何故、彼女が此所に……。

「こんな所まで、何をしに来たんだい?」
「あっ……えっと、あの、自宅謹慎してるって聞いて、あの……」

顔を紅潮させて、少し困ったような表情で言葉を詰まらせる。
その様子を見ていると、もう少し困らせてみたくなってしまう。
可哀想な、私などよりずっと可哀想な少女。

「説教でも、しに来たのかな?だったら、もう聞き飽きたから遠慮しておくよ」

意地悪だな。 というよりサディストの気があるのかも……。

「あれ?どこかに行くんですか?自宅謹慎は……」


「雪を、見に行かないか?」








君が来たりしなければ
「諦めた」はずだった。

君があの事件の被害者だと知ってから、私は君を「可哀想な少女」で、
「私の不幸など、彼女に比べればまだマシだ」と考えるようになった。
だから誰よりも優しく親切に接した。
そして、そんな君を“彼”が保護したこと、彼女が全てを忘れて彼の側にいることを知った。
彼に一番“復讐”するべきは、君自身だろうに。
君の側にいる男が何をしたのか、全て忘れて幸せそうに笑っているなんて信じられない。
そんなことは許せない。

許せない?

何が?

悲しいこと、嫌なことを全て忘れて笑う君が?
罪のない父が死んだのに、罪人の息子である“彼”がのうのうと生きていることが?
“彼”が君の側にいることが?

君が傷つけば“彼”が悲しむだろう。
それがきっとなによりの復讐。私の目的。


『その復讐を果たせたとして、ヴィルヘルムさんは幸せになれるんですか?
ヴィルヘルムさん自身が辛くなっちゃうような“復讐”なら、復讐にならないかなって』


「……」
「ヴィルヘルムさん?」

君の首に手をかけて、少しだけ、力を入れる。
あと少し力を入れれば、簡単に息絶えてしまいそうな細くて白い首。
君を傷付ければ、殺めれば、目的を果たすことが出来るのだ。
私は楽になれるはずだ。
そうだろう?
だって、最近知り合った少女、というくらいしか思っては居ないのだから。
なにを躊躇うことがある。



……けれど

どうしても、手に、力を入れることが出来なかった。

君の目が私を真っ直ぐ見つめる。
その視線に絶えきれず目を反らせた。

そんな自分が
あまりに情けなく
あまりに愚かで
あまりに惨めで
あまりに恥ずかしい




真っ白な雪の中で、このまま死んでしまいたいと思った。


こんなどうしようもない私に、君はいつものように笑いかけた。
同情なのか、哀れみなのか、そんなことはどうでもよかった。

ただ、私を拒否するでもなく、蔑むでもなく、
もう一度同じように笑いかけてくれた少女が
可愛くて仕方がなかったのだ。



この気持ちが
例え未だ「愛」ではなくても






君の側に居たいと思った。







fin






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